「茂木健一郎の脳の教養チャンネル」が新しいYouTube動画「美と政治。私たちはいかに美しさのモノカルチャーから抜けて個性に向き合えるのか?」を投稿しました!

美と政治。私たちはいかに美しさのモノカルチャーから抜けて個性に向き合えるのか?

茂木健一郎の運営するYouTubeチャンネル「茂木健一郎の脳の教養チャンネル」が新しい動画「美と政治。私たちはいかに美しさのモノカルチャーから抜けて個性に向き合えるのか?」を投稿しました!

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美と政治。私たちはいかに美しさのモノカルチャーから抜けて個性に向き合えるのか?

 茂木健一郎の脳の教養チャンネル   茂木健一郎  

動画へのコメント

  • 有名な絵画を例に言うとそれは全部美しいと認められたもの。だから美術館に収められている。 でも私がそれらを鑑賞しても「確かに美しい」とか「これがねぇ〜」とか思ってしまうものも有ります。 また世界で美人と認められたトップ100人とかを見ても「なるほど」や「この人がねぇ〜」と思う。 この2つを考えると前者は普遍的な美で理解する為に審美眼を付けないとダメだと思いますが後者は好みで判断すれば良いと思ってしまいます。美って難しい
  • 美しさの価値というものは、本来普遍的なものであるはずですが、社会的地位であったり社会的ステータスという面で利用されてきた面があるのですね。おそらくウエスタンな美の基準が入ってこなかったら、グローバル化していなかったら、もっと個性を尊重する社会であったなら、まったく異なった社会が見えていたかもしれません。 最近、BBCのワールドニュースを観ることがありますが、MCの方々がお人形さんのような美しさでないことに驚きます。英国ではルッキズムを徹底的に排除している、どちらかというと内面から滲み出る個性を感じます。とても皆さんの意識が高い、といいますかいい加減ではない容赦なさを感じます。 この年になりますとやはり同じ美しさであっても異なるものを観るようになります。人間であれば、その方の表情であるとか仕草であるとか話し方であるとか何よりその方の内面の美しさに感動します。それは、おそらく野に咲く花や木々の花々、野原や山々、大空や大海原といった自然の美しさの延長線上にあるものにです。人間も自然の一部なのですね。
  • 美を見つける能力を持った人は自分自身も他人も幸せにできる。真の審美眼を鍛えなくちゃ!頑張ります。
  • 英語版と少し内容が違うかと思いましたが、時代背景や地域文化により絵画のあり方 美に対してが移り変わりましたね。ファッションもそうでしょう。芸術作品は抽象画家でもある私は 作品の完成とは絵と見る人の間で起こる現象と感じています。今日のお話の最後の1分くらいはゲーテやシュタイナーがお話されている美と共通しています。ニーチェが出てきて、再読したいと思いました。
  • いつも素晴らしい問題提起ありがとうございます。美の問題は、我々21世紀を生きる者が考えざるを得ないトピックです。『サーカス・旅の絵本・大臣――新潮カセットブックM-6-1』(新潮社、1988年1月23日、インタビュー自体は1967年)に収録されているインタビューで、三島は美を「撓められた力」と述べ定義しています。彼は美を連続体力学的に解釈していたようです。彼のいうとおり、美にはある種の「圧縮」や「変形」といった強烈な力が関わっているのではないでしょうか。コンテンポラリーアートがある種の倫理性から「美」を避けているというのは納得がいきました。美はすさまじいですが、それがねじ曲がった力であるかぎり「蛮性」とは無縁ではなく、暴力の温床になりかねないでしょう。オヴィディウスの『変身物語』第4巻に、ニンフのサルマキスから性的虐待を受け、彼女と文字通り合体して後天的に両性具有となってしまう「美童」ヘルマプロディートスの話があります。「彼」はしかしプラトンが『シュンポジオン』で示した先天的で原始の人間の姿を示すアンドロギュヌスとはあきらかに異なります。個性と尊厳を剥奪された彼は最後に自分の両親であるヘルメスとアフロディーテにむかって、かつてサルマキスが棲んでおり自分が虐待を受けた泉に「この泉に浴した者はみんな、そこを出るときには男女(semivir)となってしまいますように!」という呪いを掛けてくれと懇願しました。この激しい怨嗟には「美」というものが抱えている闇が凝縮されているように私には感じられて仕方ありません。すこし前の動画のコメント欄に「フランスの方にナポレオンの評価を聞いたら大量虐殺者と答えた」という旨のコメントを観まして、正直かなりハッとさせられました。学部時代歴史を学んでいましたが、ナイーブなロマン主義者だった私はナポレオンをそんなふうに考えたことは一度もなかったからです。慙愧に堪えません。美もそのことに類似したことろがあるように感じます。美を温存することは或る種の暴力を肯定し、それを温存させることであるのではないでしょうか。しかし私の内側には美辞麗句で以て残酷な物語が紡がれることに恍惚に近い感動を覚える部分があるのも事実です。21世紀は、人は美とどのようにむきあうべきなのでしょうか。これからも考えていきたいです。
  • 目で見る美しいと感じる顔や表情と何かに長けている才能は同じ美しさと感じます。どちらも自分にはないものだからです。景色はまた羨ましさのない美しさのようにも思えます。茂木健一郎さんの英語もわからないけれどナチュラルでとても聴いていて心地よいです。いつもありがとうございます。
  • 海外も含め、色んなとこで、サーフィンしたら、すげぇ良い景色に出会いそう。
  • 美の能力を持った人は自分も他人もしあわせにできるそうありたいなあ
  • 例えば客室乗務員は平均の集団と呼べるのだと思うがそうかそこに個性は不要なんだな。でもじゃあ何故皆わざわざ「平均」に近づくべくエネルギーを注ぐのだろう。
  • 抜ける?何から、美はどこに潜在しているものなのか?守るとは何か?美が未だに発見すらしていない世界になってるとして、危うくない世界のヒントか?ショーペンハウエルは美か?なぜか?どこが?どういうふうに?なぜ知を?知が?の意味を考えるきっかけになるかなぁ、知から入る程なのに何故美は妬まれるのか?しかもそのレベルたるやになってしまう事しまう事。

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出典:茂木健一郎の脳の教養チャンネル

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