「茂木健一郎の脳の教養チャンネル」が新しいYouTube動画「人工知能アラインメントと、意識的超越、そしてイーロン・マスク」を投稿しました!

人工知能アラインメントと、意識的超越、そしてイーロン・マスク

茂木健一郎の運営するYouTubeチャンネル「茂木健一郎の脳の教養チャンネル」が新しい動画「人工知能アラインメントと、意識的超越、そしてイーロン・マスク」を投稿しました!

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人工知能アラインメントと、意識的超越、そしてイーロン・マスク

 茂木健一郎の脳の教養チャンネル   茂木健一郎  

動画へのコメント

  • 人間の「勘」ってなんなんでしょうね?やっぱりこのシリーズ好きです
  • 先生の専門の話は早口でますます難解ですが、早口の時は能力全開ですねまずAIエフェクト、意識を伴った人間の本質ではない、意識が関与しないところで出来上がっている。意識の属性としての、意識が関与している総合的な判断、認知を前提として、個々の認知要素を選択して決断し適応してゆく。人間はコンシャス.プリマシーをこそ磨くべきで、コンシャス.プリマシーを踏まえてアライメントを議論してゆく。ざっと、茂木先生の話を希望的観測を前提に纏めてみました。chatGPTも現今のエーアイもツールであると思えた事が大きいです。先生の今後の研究が待たれます。自分自身からは何の発語も出来ませんが…
  • 茂木さんには申し訳ないですけど、トロッコ問題は擬似問題というテンプレ批判は的外れだと思います。あそこで問われているのは複雑な現実をあえて捨象することで我々の道徳的直観はどのようなものなのか反省するテストだからです。そしてそこで問われているようなトレードオフのジレンマは現実に存在するからです。
  • 13:18 「左手が疲れてきたから右手に持ち替える」とか、人工知能にはない思いやりです。優しいですね。
  • 現時点において、AIと人間の関係を考える上でもっとも本質的な論点がこれだと私は考えています。
  • 電卓やボールペン等の変革の分析をまだしてないのですか?(意外と難しく未だにまだまだだと思う、混乱するとしたら何故等)おそらくそちらをすると無駄な事が見えてきていいんじゃないかな。その時代と今度の時代に映画やテレビ等(本やネットも)の想像によるフィクションの存在とかも思い浮かぶのです、ちょっと妄想的度合いが何故か進んでしまった現代かな、度合いが進むは他に何が、が人としては大事ですよね。涼しい秋風が吹いてきた季節を祝福致します、さぁ僕も走ろう。
  • 先生のおっしゃる意識にできて人工知能にできないこと、というのは、「己の人生を背負った決断があるか」ということなのではないでしょうか?自動運転におけるトロッコ問題にしても、今日何をするかという意思決定にしても、人間の決断には己の人生がかかっています。人工知能には決断後を生きていかなければならないという「人生」がありませんから、解答には、彼の人生は関わりがありません。 先生のお話を伺っていていつも疑問に感じることは、今の人工知能には意識がないと断定していらっしゃる、その根拠です。 なぜ今の人工知能には意識がないと言えるのか?いつか意識が芽生える可能性があるとすれば、そのときに意識が芽生えたことをどう判断するのか? 自分が意識のある相手とチャットしているのか、人工知能とチャットしているのか、それを明確に判断できる決定的な質問はあるのか? それが見つかってからでないと、議論が成り立たないように思えます。 いつかご教示いただければ幸いです。
  • 意識って高度な学習のためにあるんじゃないですかね。つまり、行為と結果をとりあえず結びつけて捉える。そして結果が望ましければ「条件→行為」のつながりを強化し、そうでなければ弱化させる。実は意識は行為をコントロールできない。観察するのみ(と仮に極論しておきます)。しかし学習によって条件反射的あるいは無意識的発動のつながりを改変することはできる。まあ、それも一種の機械的な仕組みなのでしょうが、そのように、第一次的な無意識反応と、それをあたかも自分の意思で起こした行為とその結果であるかのように感じることによって(高度な)学習が発動するという間接的な仕組みとの、この二段構えの仕組みを脳が持っていたほうが、ずっと進化論的に優位だということなのではないかと。もちろんそのためには大きな脳が必要なので、昆虫などには無用の長物なんでしょうけど。…。意識っていうと「思い悩む自我意識」みたいなイメージがありますけど、それって、要するに上に述べたような高度な学習と結びついていて、脳みその配線を改造するようなそこそこの大仕事を伴っているから、それが結局は意識の苦悩感の正体なのかもしれない、などと個人的には空想しております。
  • 知性が高いことは、エコシステムのなかで持続的に世代を受け継ぐためには。かえって欠点になる可能性が高い。これを意識が介入し計算を超越し瞬時に判断をくだすかたちでバランスをとっている。ここの質が人間に問われている。この構造を理解することは、これからを生きるために必須ですね。
  • 撮影はそうなのかー。自分がしないから、分からなかった。(話の内容ではなくていやいや、きちんと聞いてました)量子力学のことを考えると、人類の真理探求の執念、誇りにおもう。(いやはや)ペンローズの〈量子脳〉理論を今現在、読んでる。遅いかな?‪ 畑がちがうもんで。はたけ‐ちがい ‥ちがひ【畑違】① 自分の専門分野に属しないこと。 自分のたずさわっている領域と異なった領域にあること。 また、そのもの。畑違いでも、未来は明るいらしい!
  • 古代・中世の哲学で「超越概念」の「概念置換convertere」ということが言われます。真・善・美、永遠、無限、存在(有)・・、それに生命や知性(意識)なども加えて、中世のトマスはそれが「神(と人々が呼んでいる)=純粋現実態:エネルゲイア」に表象できる理由を論じています。要はみてとる観点、オーダーの変換で置換されるものであり、概念の意味の究極に超越性が存するからだということになります。 さて結局、「生命や意識」という作用には、そうした超越性があるということになる気がします。 ところで、知性(意識)の働きは抽象であり縮約でしょうか?その作用の下に、次の層・相の展開を眺める。イーロンマスクについて茂木先生が仰られたのは、この働きをしているということですね。
  • 意識の目的、意識とは・・・意識は見えない現在位置の脳からの提示。現在位置が決定・・・方向と目的が機能しはじめる。その目的と機能・・・自己創造。自己創造の目的・・・自己の喜びの世界の創造(固有の幻像世界)幻想世界、ユーとビア・・・その目的が肉体を脱いだ死後の世界と言うような関連性が私の脳の中にあります。あくまでも私個人の感覚として存在していますから誰一人として同じ考えはないと思います。私達が生きる目的は脳で自分の次の世界である死後の世界で自分の喜びの世界で生きるためと考えると非常に面白いと思います。すみません。これはあくまでも私自身の考えです。非常にユニークな考えだと思います。自分が創った世界で死後の世界を生きるという意味ですね。私は人工意識の意味を感じていないです。必要ないからと思っています。創られた世界、自然界とかだけでよいのではないかと思ってます。
  • おはよう御座います☆^ ^チャットGPTに、私はきっと相手にされないかなぁ。昨日、ベストセラーの「小学生がたった一日で19✖️19まで暗算できる本」を購入しておおっ‼️っておったまげる私のレベルは、どうなのか…笑笑。選択以前の原始レベルな私でしたー。^ ^

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出典:茂木健一郎の脳の教養チャンネル

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